2012年11月20日火曜日

ルノーB1(フランス重戦車)

情報元:Wikipedia(ルノーB1)

ルノーB1(-ビーいち) B1)とは、第二次世界大戦前にフランスで開発された重戦車。1940年のナチス・ドイツによる西方電撃戦で実戦に参加した。
なお、「シャール B1(Char B1)」とも呼称、表記されるが、“Char”とは英語で言うところの“Chariot”、戦闘馬車のことで、「Char B1」ならば「B1型戦車」の意である。

B1重戦車の原型は1920年代後半にからフランス陸軍で戦車の研究をしていたJ.E.エティエンヌ将軍の「1921年計画」にまでさかのぼる。彼は第一次世界大戦においてフランス軍が使用したシュナイダーCA1やサンシャモン突撃戦車のような歩兵支援用の重砲を搭載したタイプの戦車を提案した。それは47mm級、あるいは75mm級の戦車砲を車体に装備するもので、重量は15t程度を予定していた。陸軍もこのタイプの戦車の採用を決定し、ルノー社をはじめとする5社に対し開発案が示された。
1924年には早くもモックアップが完成しているが、15tという計画重量内に収めることが不可能だと判明し、新たに20tクラスの戦車というように開発案が変更された。1926年1月には3種のモックアップの技術評価試験が行われた結果、新型戦車はFCM社の技術協力の下、ルノー社が主導で開発することになった。
当時の技術のもとでは20t級重戦車の開発は相当に難しかったらしく、紆余曲折の末試作車が完成したのは1929年であり、1931年の終わりまでに試作車3両が完成した。
試作車は次のような設計であった。
車体前部右側に17口径75mm戦車砲SA35および2挺の7.5mm機関銃が装備され、鋳造製砲塔にも2挺の7.5mm機関銃M1931が装備されていた。
装甲板はリベットで接合されていた。しかしこれはリベットの頭に被弾した際にリベットの残りの部分が車内を跳ね回り乗員を殺傷する恐れがあり、防御上不安な部分であった。当時はまだ溶接技術が発達しておらず、リベットで装甲板を固定している戦車に共通する問題であった。
車体に重砲を搭載し、砲塔に対戦車砲を搭載していた。この方式はアメリカのM3中戦車でも見られる。
エンジンは走行中でも点検・整備ができるよう配慮がなされており、燃料タンクは内部にゴムを仕込むことで被弾時に開いた穴を自動的に塞ぐようになっていた。
足回りは完全に装甲板で覆われていた。後輪駆動方式で、ソールプレートの付いた独特の履帯(無限軌道)は車内から張度の調整が可能であった。
試作車は長期間の試験を経たのち1934年5月にようやくB重戦車(“B”はフランス語の“Bataille(=戦闘)”の頭文字から)として制式採用された。同年には生産が開始され、少数が生産された。
試作車と生産型ではいくつかの差異が見られる。砲塔は新型の1名用鋳造砲塔に変更され、武装も30口径47mm戦車砲SA34 1門と、同軸で7.5mm機関銃M1931を1挺装備し、攻撃力が向上した。操向装置も油圧装置を組み込んだ機構を採用し、車体前面に固定されている75mm戦車砲SA35をよりすばやく目標に指向することが可能となった。